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栃木県葛生町のライブハウスの情報が登録されていません。

太古より日本列島に人間はいた 日本原人の骨といわれるものの発見は早くからありました。1918年(大正七年)に大阪府南河内郡の国府遺跡のローム層から、京大の浜田耕作教授が発見した人骨は約一万年前のものと推定されています。 一九三一年(昭和六年)に早大の直良信夫教授が兵庫県明石市で発掘した化石は、洪積世(約六十万〜一万年前)の地層からのもので<明石原人>と呼ばれ、少なくとも五十万年前のものと推定されています。 このほか一九五七年(昭和三十二年)に愛知県牛川町で発掘された化石は、やはり洪積期のもので<牛川化石人>と呼ばれ、また一九五七年(昭和三十三年)に愛知県三ヶ日町で発見された<三ヶ日原人>の骨も洪積期のものでした。 またさらに、先の直良教授が栃木県葛生町で発掘したものに、<葛生原人>と呼ばれる第二間氷期時代(四十万〜二十万年前)の化石があり、そのほか昭和四十九年、五十年に広島県帝釈峡で広島大、松崎寿和教授が発掘した人骨は、二万〜三万年前のものと推定されています。 このように古くは数十万年前から新しくて二、三万年前のものと推定される人骨が、日本各地で発掘されてきました。しかし相沢氏や杉原教授の石
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