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栃木県烏山町のライブハウスの情報が登録されていません。

オレの歴史 小学校時代編 昭和の典型的な転校生だったオレ。 昔の学校がどうなってるか気になってHPが有るか調べてみた。 まずは小学校から。 小1入学〜1学期までの 横浜市立芹が谷小学校⇒http://www.edu.city.yokohama.jp/sch/es/serigaya/ 僅か3ヶ月の在学。 クラスが7クラスで周辺の人口爆発増加でプレハブ校舎を建てて応急対応していたな。 18歳で社会人になって新入社員研修で神奈川の追浜周辺に2ヶ月住んでいたときに訪ねて行ったきり。 当時遊び回っていた山がマンションだらけになってたのには驚いた。 お次は 小1の2学期から小2まで 栃木県烏山町立大桶小学校 昭和47年3月31日で在学中に廃校。七合小学校に統合される。 都会の小学校からいきなりド田舎の烏山に引っ越し、鉄筋校舎から木造のボロボロ木造校舎に。 オバケが出そうな校舎に通うのがイヤでベソかいてたらしい。 近くに那珂川が流れていてアユの観光簗場があってしょっ
『セルフビルド−自分で家を建てるということ』石山修武=文、中里和人=写真( 交通新聞社) :四釜裕子の書評ブログ →bookwebで購入 家が似合う人たち 大人になったら誰もが家を作るのだと思っていた。一軒家が並ぶ田舎だったし、左官業をやっていた祖父のところにお弟子さんや職人さんが多数出入りしていたことも影響していただろう。色とりどりの壁土やタイルや道具に囲まれて仕事するようすはとにかく楽しそうだったし、時々連れて行ってもらった「建前」の席は厳かで華やかで、憧れの大人の世界だった。家を持ってもいい年頃の「大人」になったが、現実にはその時がやってこない。いろいろな場所で暮らしてみたいし賃貸物件を探すのも楽しいし、必要に迫られる時がきたら考えようとあてのないその「時」を待つふりをしている間に、「家」が遠くなっていた。 金額で、考えてしまう。欲しい「家」はものすごく高く、手が届きそうなヤツは欲しくない。必ずそうだ、そうなのだ。あたりまえ、世の中トハそうなのだ。とか言ってるうちにほんとに世の中は狭くなって小さくなってつまらなくなり、「家」が別物になってゆく。いつの間に、こんなふうに値段のついたものばかりを見比べてモノを言うようになったのだろう。クレヨンで描いたときもブロックで作ったときも、
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